2005-02-07

今の日本の小学生が一番嫌いな言葉らしい。

 「夢、夢って あたかもそれが素晴らしい物のように
 あたかもそれが輝かしい物のように 僕らはただ讃美してきたけど
 実際のところどうなんだろう?
 何十万人もの命を一瞬で奪い去った核爆弾や細菌兵器
 あれだって最初は 名もない科学者の純粋で小さな夢から始まっているんじゃないだろうか?
 そして今また僕らは 僕らだけの幸福の為に
 科学を武器に 生物の命までをもコントロールしようとしている」 (Mr.Children "Everything is made from a dream")

そう、この時代に起きていること全てが、誰かの夢である。
核兵器だって、イラク戦争だって、通り魔事件だって・・・。
最近、夢を持ちすぎてしまうのも良くない、と、つまらないことを思ってしまうことがある。
夢を追いすぎて、エゴイスティックになることなんて、よくあることだ。
「難民を支援すること」がある人の夢であったら、
例えば、どこかで戦争が起きたり、どこかで地震が起きたりして、海外に急に飛ばされたりしたら、
それはその人の夢が叶ったことになる。
片一方では大惨事に苦しんでいる人がいるのに、片一方では大惨事で夢を叶える人がいる。

そんなこと言っている私にだって、夢はある。
いや、この夢を追うためにブラッドフォードに留学したと言っても過言ではないかもしれない。

「パレスチナ難民を支援すること」

のはずなんだけど、、、
平和学を勉強していくうちに、
パレスチナに行ったことをきっかけに、
そして、平和学を勉強する人々への疑問を抱くうちに、
「結局、この世の中の構造を変えない限りは、パレスチナ難民の問題は解決されない」という結果に陥った。
そして、今は、「日本の平和文化をどうにかしたい」。
それが究極的には、パレスチナ難民支援になると思うから。

目に見える問題が難民だとすれば、
目に見えない問題がそれを支える構造。
目に見える問題解決が難民支援だとすれば、
目に見えない問題解決が構造に対して訴えること。
この訴えていくことの難しさを痛感している。

なんてことを考えていた矢先、友人の勤めるNPOでミャンマーのスタディーツアーが決行されると聞いた。
うれしい限りだ。
日々の生活では目に見えないミャンマーを知るきっかけがここにはある。
3月29日から10日間だそう。
興味のある方は、私に連絡ください。または、下にコメント残してください。

Posted by maricom at 2005-02-07 | コメント(2) | Trackback(0) |わたくし

2005-02-07

『百年の愚行』

Think the earth projectが出している『百年の愚行』(紀伊国屋書店、2002年)を読んだ。



この本、留学前に話題になっていて、世界で起きていることを見てみたい、と思って買った。
そして、なんとなく、こっちに持ってきていた。
久しぶりに読んだ。
今回も、一気に読みきることはできなくて、結局5日ぐらいかかったと思う。
いろんなことを勉強してるからこそ、一つ一つの写真が余計重く見えてしまった。
ホロコースト、水俣病、湾岸戦争、エイズ、ずっと昔のことに思えることも、全てこの100年の間に起こった。

変な想像をしてしまった。
『百年の愚行』21世紀版があるとしたら・・・?
ツインタワーの崩壊、エイズ、アル・グレイブ収容所のレイプ、津波の被害、イラクの空爆、などなど。
まだ21世紀に入って5年しか経っていないのに、たくさんのものが挙げられる。
そして、残りの95年のことを想像してみると、
自分の想像の域を超えるようなことが起こりそうで、怖い。。。

チェスターの八百屋で買った、「近くで取れた」りんごがすごく美味しい。
はっきり言って、英国に来て、初めてこんなに美味しいりんごに出会った。
そして、大型スーパーで買うより安い。1キロ60ペンス。
忘れていた、「近くで取れた」ものの喜び。
山形で食べた米、北海道で食べたジャガイモ、カボチャ。
大量消費社会の中で忘れてしまいがちな喜び。

近隣で生産されたものを買うことが、環境負担を減らす消費だ、とどこかで学んだ気がする。
それが、チェスターでふと買ったりんごだったとは。

ブラッドフォードには、近隣で取れたものを売る八百屋を見たことがない。
八百屋はあるけど、輸入品を売っているところが多い。
都市再開発のために、大型スーパーを誘致するのもいいけど、
近隣で生産されたものの喜びを市民に提供しないと、
さらにひどい百年の愚行をもたらすことになるだろう。

日本に帰ったら、地元の八百屋に行ってみよう。

Posted by maricom at 2005-02-07 | コメント(0) | Trackback(0) |